いろいろとありまして・・・。
パソコンもふれてなくて、キーボードをたたく気持ちにもなれませんでした。
今もあまりかわりません。
私が、ほったらかしていても観ていてくださってありがとうございます。
心とはほんとにあるのかないのか、やっぱりあると思うのですが、証明もできません。
このブログを立ち上げて、みなさんと会話もできました。
楽しかったです。この一年と少しの自分の支えでもありました。
あるのかないのか分からない心の想いも少しみつめることができました。
少し疲れもたまっているし、お休みをしようと思います。
今までほんとうにありがとうございました。
しっかりと瞑想をして、修業の時間をつくり、またなにか始めたくなったときにはよろしくお願いいたします。
ありがとう!
パソコンもふれてなくて、キーボードをたたく気持ちにもなれませんでした。
今もあまりかわりません。
私が、ほったらかしていても観ていてくださってありがとうございます。
心とはほんとにあるのかないのか、やっぱりあると思うのですが、証明もできません。
このブログを立ち上げて、みなさんと会話もできました。
楽しかったです。この一年と少しの自分の支えでもありました。
あるのかないのか分からない心の想いも少しみつめることができました。
少し疲れもたまっているし、お休みをしようと思います。
今までほんとうにありがとうございました。
しっかりと瞑想をして、修業の時間をつくり、またなにか始めたくなったときにはよろしくお願いいたします。
ありがとう!
休みに四国の徳島に11人でいきました。
明石海峡大橋を通過し、淡路に到着しみんなで休憩。三台の車なのでここで確認して記念撮影しました。
お葬式以来の家族写真です。
明石海峡大橋を通過し、淡路に到着しみんなで休憩。三台の車なのでここで確認して記念撮影しました。
お葬式以来の家族写真です。
運動会について書き込みをしましたが、調子が悪かったのか?全部消えてしまった。
そのほうが良かったのかもしれません。
なかみは、九月の運動会は暑すぎるということだけだったので。
不思議なことに、何も書いていないのに、どなたかが拍手をしてくださっていましたので、こんなことを書きました。
よくわからないけど、うれしいです。
ありがとうございました。
そのほうが良かったのかもしれません。
なかみは、九月の運動会は暑すぎるということだけだったので。
不思議なことに、何も書いていないのに、どなたかが拍手をしてくださっていましたので、こんなことを書きました。
よくわからないけど、うれしいです。
ありがとうございました。
もうすぐ中秋の名月です。
昨晩は、は〜ちゃんの友達の母たちと飲み会をしました。
学校も、遊びも、バスケもずっと一緒の仲間です。
幼稚園から一緒ですが、初めてゆっくり話しながらお酒をいただきました。
お店に行く途中で空を見上げると、星と月が綺麗でした。
みんなで「綺麗ね〜」と言いました。
ゆっくり空を眺めて、月を見ることを忘れていたのです。
家族に了解を得て、晩ご飯も作り、父にも協力してもらって、やっとの思いで夜遊びできる。
は〜ちゃんたちが、幼稚園時代からの話で、そのときのことなどをいろいろ笑って話しました。
びっくりすることや、知らなかったことなど、お母さんたちの会も楽しいなと思いました。
あっというまの楽しい時間は終わり、帰宅すると11:30でした。みんなはぐっすり眠っています。
マムダラもばたんと寝てしまいました。
TVも電気もつけっぱなし!!!ひゃ〜四時半に気がつき、もう一回寝よ!
なんか、なんか、自分って欲張って生きていたな〜。勉強になること、ためになること、自分を磨くこと...。
普通の生活をしている、特別ではない自然なことを、家族のためにただ々続けて、自分は後回し、そんな母たちから学ぶことが多かったです。
自分を変えたり、抑えたり、直そうとする考え方は、正しいけれど真理ではないかもしれません。
本当の自分になりさえすれば、ただそれだけでよかったことかなと思います。
月は毎日形を変えて、エネルギーを変えて私たち地球に住む生命に影響しています。
きっと宇宙のバランスの一こまです。
でも『月』自体はなにも変わっていないのかもしれません。
ただ々そこにある。
ヨガはバランス、全てはバランスです。
ただここにある自分を観る。今からそれを続けます。
昨晩は、は〜ちゃんの友達の母たちと飲み会をしました。
学校も、遊びも、バスケもずっと一緒の仲間です。
幼稚園から一緒ですが、初めてゆっくり話しながらお酒をいただきました。
お店に行く途中で空を見上げると、星と月が綺麗でした。
みんなで「綺麗ね〜」と言いました。
ゆっくり空を眺めて、月を見ることを忘れていたのです。
家族に了解を得て、晩ご飯も作り、父にも協力してもらって、やっとの思いで夜遊びできる。
は〜ちゃんたちが、幼稚園時代からの話で、そのときのことなどをいろいろ笑って話しました。
びっくりすることや、知らなかったことなど、お母さんたちの会も楽しいなと思いました。
あっというまの楽しい時間は終わり、帰宅すると11:30でした。みんなはぐっすり眠っています。
マムダラもばたんと寝てしまいました。
TVも電気もつけっぱなし!!!ひゃ〜四時半に気がつき、もう一回寝よ!
なんか、なんか、自分って欲張って生きていたな〜。勉強になること、ためになること、自分を磨くこと...。
普通の生活をしている、特別ではない自然なことを、家族のためにただ々続けて、自分は後回し、そんな母たちから学ぶことが多かったです。
自分を変えたり、抑えたり、直そうとする考え方は、正しいけれど真理ではないかもしれません。
本当の自分になりさえすれば、ただそれだけでよかったことかなと思います。
月は毎日形を変えて、エネルギーを変えて私たち地球に住む生命に影響しています。
きっと宇宙のバランスの一こまです。
でも『月』自体はなにも変わっていないのかもしれません。
ただ々そこにある。
ヨガはバランス、全てはバランスです。
ただここにある自分を観る。今からそれを続けます。
今日は、義理の母の四十九日の法要を、内々ですがおこないました。
それぞれの兄弟にもいろいろな事情がありますが、みなが揃って母を弔い、この世に区切りをそして、送る側にも一つの節目になる日でした。
納骨のことなど、今後の相談もお寺さんを交えて、美味しいご飯をいただきながら、みなで考えることも人生の大切なお勉強になりました。
臨終から忌明け法要までは、7日目ごとの法要があります。初七日(しょなのか)忌、二七日(ふたなのか)忌、三七日(みなのか)忌、四七日(よなのか)忌、五七日(いつなのか)忌、六七日(むなのか)忌、七七日(なななのか)忌の7つです。初七日は死亡日(あるいは死亡前日)から7日目に行ないますが、現在では遠隔地から出向いた近親者を考慮して、葬儀の当日、還骨法要と共に行なうことが多くなりました。なお、忌明け法要も早くなって、五七日忌(35日)に行なうことが一般的になっているそうです。
●満中陰法要
忌明けには、忌明け法要を行ないます。あらかじめ日取りを決めて僧侶に依頼します。日取りは法事に出席しやすい土・日曜日が多いようです。
また事前に法事の会場、料理、引物などを手配します。塗位牌はこの日までに用意して、法要のあと仏壇に納めます。
この日に納骨を行なう場合には、法要のあと墓地に行き、僧侶の立会のもとで納骨を行ないます。精進落しでは、生ものを使った料理で参列者を接待し、食事のあと「引物」をわたします。
この日には神棚に貼られていた紙を取ります。
●神式の忌明け
神式では死後50日目を「五十日祭」として祭ります。
●いわれ
人の死後49日の間を仏教では中陰の期間といって、六道輪廻の間をさまよう期間とされました。
この期間に行なう供養を中陰供養といいます。
『梵網経』には、例え生前中に、悪行を重ねた人でも、遺族が7日毎に追善供養をすれば、死者もその功徳を受けるとあります。49日目は、審判で死者の運命が決まるとされており、満中陰といわれています。
また鎌倉時代から始まった十三仏信仰というものは、初七日から三十三回忌までの13回の重要な法要に、13の仏菩薩を本尊として配当するものです。法要にはこれら十三仏を描いた掛け軸を掛けることがあります。
初七日 (不動明王)
二七日 (釈迦如来)
三七日 (文珠菩薩)
四七日 (普賢菩薩)
五七日 (地蔵菩薩)
六七日 (弥勒菩薩)
七七日 (薬師如来)
百カ日 (観音菩薩)
一周忌 (勢至菩薩)
三回忌 (阿弥陀如来)
七回忌 (阿しゅく如来)
十三回忌 (大日如来)
三十三回忌 (虚空菩薩)
また「忌」明けとは、中陰の期間である死者の六道輪廻が終了して六道の何処かに生まれ変わることを意味し、それとともに忌の汚れが除かれたことを祝う行事です。そこでこの法要は盛大に行なわれることになります。
『源氏物語』「夕顔」にも 「かの人の四十九日忍びて、比叡の法華堂にて、ことそがず装束よりはじめてさるべきものども、 こまかに誦経などせさせ給う。経仏の飾りまでおろかならず」とあります。
ちょっと調べるとこんなことが書いていました。
ごいんさんは、三月にまたがったらいけないと最近は言いますが、そんなことは関係ないです。めんどくさい人が作ったことです。とおっしゃいました。
仏教ではどこにもそんなことは言われてないそうです。
心が大切といつもいつも答えは同じなんです。
マムダラの同級生のお父さんですが、心を、遺族の思いを一番にいつも話をしていただいてます。
無宗教の義理の姉が、最近は宗教心に目覚めて、お寺の法話にも参加したそうです。
来月からはマムダラも一緒に行こうと思います。
人は変わることができる。人は救われる。人は本当の自分になる。
身近なことから、仏教の教えを知りました。
今日は、姉が、人は自分だけでは生きていけない、そして、人と繋がって助けてもらって生きている。と大切な人が亡くなり、いろいろなことが見えてきたそうです。
「今まで、不義理をしてきてごめんなさいね!これからは、今までの分もできるようにしていきたいからなんでも言ってね!」
義理の母の遺影を焼き増しして、額に入れて、息子である家のあなたの見えるところに飾ってもらえませんか!とのお手紙と一緒に、立派なアルバムも作成していただきました。
人は変わる、そして人は救われる。それは、自分の中にいつもある。とマムダラは再確認しました。
ストレスから、倒れてしまい検査の結果、姉が来月入院することになりました。今は、ただ々手術がうまくいくことを祈っています。
マムダラのできることをしたいと思います。
人は繋がっている。この事実はいつも心にあります。
それぞれの兄弟にもいろいろな事情がありますが、みなが揃って母を弔い、この世に区切りをそして、送る側にも一つの節目になる日でした。
納骨のことなど、今後の相談もお寺さんを交えて、美味しいご飯をいただきながら、みなで考えることも人生の大切なお勉強になりました。
臨終から忌明け法要までは、7日目ごとの法要があります。初七日(しょなのか)忌、二七日(ふたなのか)忌、三七日(みなのか)忌、四七日(よなのか)忌、五七日(いつなのか)忌、六七日(むなのか)忌、七七日(なななのか)忌の7つです。初七日は死亡日(あるいは死亡前日)から7日目に行ないますが、現在では遠隔地から出向いた近親者を考慮して、葬儀の当日、還骨法要と共に行なうことが多くなりました。なお、忌明け法要も早くなって、五七日忌(35日)に行なうことが一般的になっているそうです。
●満中陰法要
忌明けには、忌明け法要を行ないます。あらかじめ日取りを決めて僧侶に依頼します。日取りは法事に出席しやすい土・日曜日が多いようです。
また事前に法事の会場、料理、引物などを手配します。塗位牌はこの日までに用意して、法要のあと仏壇に納めます。
この日に納骨を行なう場合には、法要のあと墓地に行き、僧侶の立会のもとで納骨を行ないます。精進落しでは、生ものを使った料理で参列者を接待し、食事のあと「引物」をわたします。
この日には神棚に貼られていた紙を取ります。
●神式の忌明け
神式では死後50日目を「五十日祭」として祭ります。
●いわれ
人の死後49日の間を仏教では中陰の期間といって、六道輪廻の間をさまよう期間とされました。
この期間に行なう供養を中陰供養といいます。
『梵網経』には、例え生前中に、悪行を重ねた人でも、遺族が7日毎に追善供養をすれば、死者もその功徳を受けるとあります。49日目は、審判で死者の運命が決まるとされており、満中陰といわれています。
また鎌倉時代から始まった十三仏信仰というものは、初七日から三十三回忌までの13回の重要な法要に、13の仏菩薩を本尊として配当するものです。法要にはこれら十三仏を描いた掛け軸を掛けることがあります。
初七日 (不動明王)
二七日 (釈迦如来)
三七日 (文珠菩薩)
四七日 (普賢菩薩)
五七日 (地蔵菩薩)
六七日 (弥勒菩薩)
七七日 (薬師如来)
百カ日 (観音菩薩)
一周忌 (勢至菩薩)
三回忌 (阿弥陀如来)
七回忌 (阿しゅく如来)
十三回忌 (大日如来)
三十三回忌 (虚空菩薩)
また「忌」明けとは、中陰の期間である死者の六道輪廻が終了して六道の何処かに生まれ変わることを意味し、それとともに忌の汚れが除かれたことを祝う行事です。そこでこの法要は盛大に行なわれることになります。
『源氏物語』「夕顔」にも 「かの人の四十九日忍びて、比叡の法華堂にて、ことそがず装束よりはじめてさるべきものども、 こまかに誦経などせさせ給う。経仏の飾りまでおろかならず」とあります。
ちょっと調べるとこんなことが書いていました。
ごいんさんは、三月にまたがったらいけないと最近は言いますが、そんなことは関係ないです。めんどくさい人が作ったことです。とおっしゃいました。
仏教ではどこにもそんなことは言われてないそうです。
心が大切といつもいつも答えは同じなんです。
マムダラの同級生のお父さんですが、心を、遺族の思いを一番にいつも話をしていただいてます。
無宗教の義理の姉が、最近は宗教心に目覚めて、お寺の法話にも参加したそうです。
来月からはマムダラも一緒に行こうと思います。
人は変わることができる。人は救われる。人は本当の自分になる。
身近なことから、仏教の教えを知りました。
今日は、姉が、人は自分だけでは生きていけない、そして、人と繋がって助けてもらって生きている。と大切な人が亡くなり、いろいろなことが見えてきたそうです。
「今まで、不義理をしてきてごめんなさいね!これからは、今までの分もできるようにしていきたいからなんでも言ってね!」
義理の母の遺影を焼き増しして、額に入れて、息子である家のあなたの見えるところに飾ってもらえませんか!とのお手紙と一緒に、立派なアルバムも作成していただきました。
人は変わる、そして人は救われる。それは、自分の中にいつもある。とマムダラは再確認しました。
ストレスから、倒れてしまい検査の結果、姉が来月入院することになりました。今は、ただ々手術がうまくいくことを祈っています。
マムダラのできることをしたいと思います。
人は繋がっている。この事実はいつも心にあります。




