数字の3と5と7には大きな意味があるそうです。
昔は、三歳まで生きれたら一つの山を越えたというくらい子供が生き延びることが大変な時代だったのでしょう。
はしかをすると生きるか死ぬかの瀬戸際で、助かるとお祝いをしたそうです。
今も昔もそうですが男のほうが弱いと言われていますが、男の子は五歳で女の子が七歳ということなんですね。
神社も忙しいです。でも今は写真館のほうがもっと忙しいのかも?
と考えると7は完結した意味があるのです。
マムダラは女の子だから7として、今は6回も完結していました。
人生であと何回くらい完結できるでしょうか?
今回の完結では、やはりヨガの道でした。もう自然なことやガイア理論のようなことも考えてくらしておりました。
自分の考えに正直に信じた道を進んできました。
一つ前は、自分自身の人生の道を進み始めていた時期です。
結婚して親と離れてそのうち子供が授かってからは必死に暮らしていました。この先のことをいろいろ考えていました。
前半は仕事も必死にこなして貯金もしたな〜。後半は病気の時代でした。お金もためたけど余計なお肉もためていて肥満期でした。
父とも人生の別れを経験した時代。うれしいこともあったけど苦しいときでした。父親と最後の別れをするために一緒に暮らして今までの思いを整理して準備をしていました。今にして思うとあのときがあったから自分ともきちんと向き合えます。一番がんばった時でした。
こんな平和がくるとは想像もできませんでした。家も買ったのに父が末期がんになったり、バブルが崩壊して給料も少なくなって辛いときでした。歯をくいしばってがんばっていました。
苦しいけれど家族が絆を深めていった時代です。
もう一つ前は、主人とはお付き合いをしていました。楽しい時期でした。
遠距離恋愛でしたからお互いが過大評価して、勘違いの時代ともいえます。おやじがかっこよかった時代。マムダラが超かわいかった時代。
人生の半分をこの人と過ごしているのです。でも、“もうあきた”なんて思いません。“ええ!もうそんなにたった?”という感想です
この先もいつまで続くかわかりませんがこうして振り返ってみるといろんなことが思い出されて整理できたり面白いですね。
今も会っている人に、家族に、ご近所に、お世話になった人達に感謝をして一期一会の気持ちで向き合うことが大切なこと。それがないと、もっていないことに目が向いて不平不満や、人生をくよくよしたりしてしまいます。
そんなことをしていると宇宙の神様はそっぽを向いて力をかしては下さいません。宇宙を味方にできるなんてこんなありがたいことはそうそうないですよ。
今、目の前の人を助けて“ありがとう”を言ってもらえるようなことをさせていただく。
自分に余裕ができたらするでは遅いです。
今できることでいいからできることをする。そして、楽しむこと。
楽しんでいる人には神様は味方をしてくれます。
私は人生の目的は、楽しむことだと思っています。
でも楽しめないときが最近あるのです。
それは何かが間違っているか、感謝がたりないのかもしれません。
はっきりとしませんが、答えを求めているのではなく、選択して行動をきめてただただ行いを続けるだけですから。
だって答えは後から分かってもいいじゃないですか。
あ〜あ、あの時は間違ってたんだな、とか、あれでよかったなとか。
船場の商人の方とお話をしたときに、「僕の人生は山あり谷ありでいつもぐにゃぐにゃでした。でもね、振り返ってみるといつも平たんな真っ直ぐな道ですわ!」
本とにそうだと思います。
あれほど辛くて病気になってようなことも、過ぎ去ってみると今の悩みのほうが大変です。そしてそれに心を囚われてしまって自分を攻撃しそうになります。でも多分こんなことは振り返ってみても忘れてしまうことかもしれません。
過去のことに比べたらどうってことないです。自分の努力や行動を変えたらすむことですから。
父のがんを治したり、死なないようにすることは私にはできないことでしたから。
でも、あのときの学びが今の自分を支えています。ヨガも、気功も代替医療も、正食も、あのときにこれを知らなかったからこそ心から楽しんで学べています。
私は過去を後悔はしない性格です。
目の前に必要としている人がいたら、父と母にできなかった分その方にさせていただきます。
相手の人がびっくりしたり、申し訳ないですからとおっしゃると
「父と母にできなかったのでもしよければさせていただけると私が救われますので」とお願いします。感謝の言葉ともう一つ「お父さんとお母さんはきっと成仏なさっていますよ」といってくださいます。
その瞬間に私はその方とともに光ります。
電車の中で親子に出会ったときにも見知らぬ方ですができることがあるとさせていただきます。
梅しょう番茶のプリントをもっていたら必要なかたならお渡ししたりとかまあ毎日いろいろです。
これからも続けていきます。
昔は、三歳まで生きれたら一つの山を越えたというくらい子供が生き延びることが大変な時代だったのでしょう。
はしかをすると生きるか死ぬかの瀬戸際で、助かるとお祝いをしたそうです。
今も昔もそうですが男のほうが弱いと言われていますが、男の子は五歳で女の子が七歳ということなんですね。
神社も忙しいです。でも今は写真館のほうがもっと忙しいのかも?
と考えると7は完結した意味があるのです。
マムダラは女の子だから7として、今は6回も完結していました。
人生であと何回くらい完結できるでしょうか?
今回の完結では、やはりヨガの道でした。もう自然なことやガイア理論のようなことも考えてくらしておりました。
自分の考えに正直に信じた道を進んできました。
一つ前は、自分自身の人生の道を進み始めていた時期です。
結婚して親と離れてそのうち子供が授かってからは必死に暮らしていました。この先のことをいろいろ考えていました。
前半は仕事も必死にこなして貯金もしたな〜。後半は病気の時代でした。お金もためたけど余計なお肉もためていて肥満期でした。
父とも人生の別れを経験した時代。うれしいこともあったけど苦しいときでした。父親と最後の別れをするために一緒に暮らして今までの思いを整理して準備をしていました。今にして思うとあのときがあったから自分ともきちんと向き合えます。一番がんばった時でした。
こんな平和がくるとは想像もできませんでした。家も買ったのに父が末期がんになったり、バブルが崩壊して給料も少なくなって辛いときでした。歯をくいしばってがんばっていました。
苦しいけれど家族が絆を深めていった時代です。
もう一つ前は、主人とはお付き合いをしていました。楽しい時期でした。
遠距離恋愛でしたからお互いが過大評価して、勘違いの時代ともいえます。おやじがかっこよかった時代。マムダラが超かわいかった時代。
人生の半分をこの人と過ごしているのです。でも、“もうあきた”なんて思いません。“ええ!もうそんなにたった?”という感想です
この先もいつまで続くかわかりませんがこうして振り返ってみるといろんなことが思い出されて整理できたり面白いですね。
今も会っている人に、家族に、ご近所に、お世話になった人達に感謝をして一期一会の気持ちで向き合うことが大切なこと。それがないと、もっていないことに目が向いて不平不満や、人生をくよくよしたりしてしまいます。
そんなことをしていると宇宙の神様はそっぽを向いて力をかしては下さいません。宇宙を味方にできるなんてこんなありがたいことはそうそうないですよ。
今、目の前の人を助けて“ありがとう”を言ってもらえるようなことをさせていただく。
自分に余裕ができたらするでは遅いです。
今できることでいいからできることをする。そして、楽しむこと。
楽しんでいる人には神様は味方をしてくれます。
私は人生の目的は、楽しむことだと思っています。
でも楽しめないときが最近あるのです。
それは何かが間違っているか、感謝がたりないのかもしれません。
はっきりとしませんが、答えを求めているのではなく、選択して行動をきめてただただ行いを続けるだけですから。
だって答えは後から分かってもいいじゃないですか。
あ〜あ、あの時は間違ってたんだな、とか、あれでよかったなとか。
船場の商人の方とお話をしたときに、「僕の人生は山あり谷ありでいつもぐにゃぐにゃでした。でもね、振り返ってみるといつも平たんな真っ直ぐな道ですわ!」
本とにそうだと思います。
あれほど辛くて病気になってようなことも、過ぎ去ってみると今の悩みのほうが大変です。そしてそれに心を囚われてしまって自分を攻撃しそうになります。でも多分こんなことは振り返ってみても忘れてしまうことかもしれません。
過去のことに比べたらどうってことないです。自分の努力や行動を変えたらすむことですから。
父のがんを治したり、死なないようにすることは私にはできないことでしたから。
でも、あのときの学びが今の自分を支えています。ヨガも、気功も代替医療も、正食も、あのときにこれを知らなかったからこそ心から楽しんで学べています。
私は過去を後悔はしない性格です。
目の前に必要としている人がいたら、父と母にできなかった分その方にさせていただきます。
相手の人がびっくりしたり、申し訳ないですからとおっしゃると
「父と母にできなかったのでもしよければさせていただけると私が救われますので」とお願いします。感謝の言葉ともう一つ「お父さんとお母さんはきっと成仏なさっていますよ」といってくださいます。
その瞬間に私はその方とともに光ります。
電車の中で親子に出会ったときにも見知らぬ方ですができることがあるとさせていただきます。
梅しょう番茶のプリントをもっていたら必要なかたならお渡ししたりとかまあ毎日いろいろです。
これからも続けていきます。
ほんとうにマムダラ先生には感心します。いつも何にでも一生懸命の姿勢が素敵だと思います。だから先生のレッスンは楽しいし、続けて行きたいと思います。
私はいま、忍耐と努力の試練を課せられていると思います。
それは私が生まれてくる前自分で決めたことなんでしょう。
それから人を許すということ・・・これが難しい。いつもちょっとしたことでむっとしてしまうから、気をつけなければと思います。
7と3の数字の意味。とっても勉強になりました。
ちなみにバハイでは9が大切な数字だそうです。何故9なのか忘れてしまいましたが。
自分のやったこと、過去のことに後悔をしないなんてとてもすばらしいと思います。きっと、後悔するようなことしてこなかったんですね。私は後悔ばかりです。でも、自分を変えようとしてないなんて努力不足ですよね。
今日はボージョレーの解禁日です。さっそくひとりでのんでまーす Y(@^^@)v
智懲りんバー | URL | 2006年11月16日(Thu)20:48 [EDIT]
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